YogaBodyコラム COLUMN

Joe Millerの解剖学コラム,ヨガ解剖学 2019.09.28

「お尻の筋肉をしめないように。」について〜ヨガでの臀筋と股関節の痛み〜

「お尻の筋肉をしめないように。」

ヨガ講師がそうインストラクションするのを聞いたことが何度もあります。

後屈のポーズでは特にそうで、私はそのたびに考えてしまいます。

大臀筋。
皆さんのお尻にある大きな筋肉は、例えば階段を登る、スクワットから立ち上がるなど、重力に逆らって股関節を伸展させる動作を行うための原動力になる筋肉です。ですからシャラバーサナ(バッタ)やセツ・バンダーサナ(橋)、ウルドヴァ・ダヌラーサナ(上向きの弓)など、後屈のポーズで働くのは正常なことです。

最近のニューヨーク・タイムズ誌の記事を読んだことで、もしかするとこのインストラクションが、ヨガでの股関節の痛みが起きる際の、よくある原因なのではないかと疑問を持つようになりました。

大腿骨寛骨臼インピンジメントについて

太腿の骨/大腿骨頭が、寛骨臼/臼蓋窩の縁を擦ると、それが刺激や痛みの原因になります。
ほとんどの場合、骨頭が寛骨臼の前側に当たり、深く股関節を折りたたむと鼠蹊部に痛みを生じます。
大腿骨寛骨臼インピンジメントは変形性関節症や、関節唇や臼蓋の縁を取り囲む軟骨が裂ける原因にもなります。

ニューヨーク・タイムズ誌の記事の筆者、ウィリアム・ボードはこの症候群は男性よりも女性、特に関節の緩い女性のヨギニに多いと主張しています。これには議論の余地があります。ある種のインピンジメントに男女の差異があるとはいえ、多くの男性、特にアスリートに大腿骨寛骨臼インピンジメ
ントを訴える人は多いです。

しかし、ボードの主要点「股関節の過剰な運動が大腿寛骨臼インピンジメントの一因である」、これは恐らく本当でしょう。

股関節の屈曲と伸展(いわゆる、曲げ伸ばし)を行う時、本来、大腿骨頭は寛骨臼の中に留まっているべきです。
中に留まるために、私たちが股関節を屈曲させると後ろへ、伸展させると前方へと少し滑るようになっています。

多くの柔軟性の高いヨガ練習生は股関節を伸展させたまま、習慣的に骨盤を前に押し出して立ち、股関節の靭帯にぶら下がり、一方で、重さを拮抗させるために胴体を後ろに傾けています。

股関節の過剰な伸展を繰り返すと、関節の前部がオーバーストレッチされ、後部は圧縮されます。

これをやり過ぎると、股関節を屈曲する際の大腿骨の正常な後方への滑りが制限されることで、寛骨臼で大腿骨頭の前方への移動が起こり、臼蓋前部でインピンジ(衝突)が起こります。

ということは、前屈をすると股関節前部を圧迫して痛みを感じるにも関わらず、実際の原因は股関節の伸展のやり方にあるかもしれないということになります。

後屈でお尻の筋肉を使うことと、どう関係するのでしょうか?

大臀筋は大腿骨の上部に付着しているため、臼蓋窩で大腿骨頭の動きをコントロールするのに適した場所に位置しています。
例えば橋のポーズで持ち上がる時に、股関節を伸展する際に大腿骨を後ろに引っぱることで、大腿骨を前方に押し出しすぎることを防ぎ、関節前部のオーバー・ストレッチを防ぎます。

後屈の際にお尻を締めないようアドバイスするヨガ講師は、代わりにハムストリングスを使うよう指示することがよくあります。
大臀筋と同じくハムストリングスは股関節の伸筋ですし、そういう意味では納得できそうな気がします。

しかし大臀筋と違い、ハムストリングスは大腿骨上部に付着していません。

ハムストリングスは骨盤から下腿へと、大腿骨を跨いで 延びています。
* ということは、ハムストリングスは大臀筋がするようには、大腿骨頭を安定させることができません。

股関節を伸展する時、大臀筋ではなくハムストリングスに習慣的に頼ることで、大腿骨寛骨臼インピンジメントを引き起こしやすくなるでしょうか?

私はこのことを調べた研究を知りませんが、しかし妥当な考えではないでしょうか。
特に股関節がすでに過可動している人たちにとってはなおさらです。
後屈の際、お尻の筋肉を収縮させないよう生徒に指示するのが良いことなのかどうか、そのことに疑問を持つべき程度には妥当でしょう。
特に神経系による正常な筋肉の収縮パターンを上回って行うのであればなおさらです。

ということは、お尻の筋肉を締めておくべきですか?いつも?

あわててはいけません。
慢性的にお尻を締め続けることは、意図的に使わないでいる以上に意味がありません。
例えば立っている時など、普通は使わない場面で臀筋を収縮し続けることもまた、習慣的な股関節の過伸展の原因となります。
しかし、より大きな問題は、特定の筋肉を意識的に収縮もしくは収縮させないことによって、動きを細かく管理することに意味があるのか?
ということです。

ほとんどの場合がそうではない、と私は考えます
運動制御は複雑なプロセスで、脳のさまざまな領域がコミュニケーションをとりながら、どのタイミングでどの筋肉が収縮するかを決定しています。
ほとんどの調整が意識的思考のレベル以下で起きています。

脳の意識の部分は、ゴールを設定し、全体的な戦略を調整する、いわば会社のCEOです。
もしCEOが工場に降りてきて、従業員に仕事のやり方を指導し始めたら、助けになるどころか現場はめちゃくちゃになるでしょう。
それと同じように、特定の筋肉を意識的に収縮させたりリラックスさせることが、皆さんの動きを改善させる可能性は低いといえます。
脳の無意識の部分はすでに、どうすべきかを皆さん以上によく知っています。

私は自分が指導する際、このような指示を使うことはほとんどありません。
例えば特定の筋肉を鍛えようとしている時など、一定の目的には有効ですが、しかし動きの指導法として広く役立つとは思えません。
そして臀筋とヨガでの股関節の痛みの関係のように、時には為にならない場合もあるのです。

*外側にあるハムストリングス/大腿二頭筋の短頭は、大腿骨の下部に付着していますが、股関節ではなく膝関節にのみ影響を与えます。

 

References
Lewis CL and Sahrmann SA. Acetabular Labral Tears. Phys Ther. 2006;86:110-121
Crawford JR and Villar RN. Current concepts in the management of femoroacetabular impingement. J Bone
Joint Surg Br. 2005;87-B(11):1459-1462.
Sahrmann S. Diagnosis and Treatment of Movement Impairment Syndromes
Leunig M et al. The Concept of Femoroacetabular Impingement: Current Status and Future Perspectives. Clin
Orthop Relat Res. 2009;467(3):616–622.
Imam S and Khanduja V. Current concepts in the diagnosis and management of femoroacetabular impingement.
Int Orthop. 2011;35(10):1427–1435.

この記事を書いた人

Joe Miller

Joe Millerは、1980年代よりヨガを始め2000年よりヨガティーチャーとして現在までNYで活躍しています。
2009年、コロンビア大学の応用生理学において修士を取得。
解剖学を探究する中で人体解剖に携わったり、
フェルデンクライスのプラクティショナーの認定を受けるなど常に学び続けています。
2000年より人気ヨガティーチャーCyndi Leeが主宰したNYの伝説的なヨガスタジオOMヨガセンターで12年間指導し、指導者養成コースの解剖学主任として10年以上に渡り多くのヨガティーチャーを育てました。
現在はNow Yoga NYにてヨガクラスを指導し、ヨガメディアでの執筆の他、各国で解剖学講座を行っています。
豊富な経験と温和で落ち着いた人柄とオープンでフラットな指導が人気です。

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