クラニオセイクラルとポリヴェーガル理論①

ポリヴェーガル理論については、このコラムで度々触れていますが、
もう少し詳しく、理論の側から述べてみたいと思います。

これは、ステファン・ポージェス博士が提唱する、自律神経系の新しい概念です。医学研究者として、新生児の徐脈の原因を解明しようとしたポージェス博士は、自律神経系の進化の歴史を紐解くことで、哺乳類以上の生物に存在する［腹側迷走神経系］の存在を立証しました。それにより、

自律神経系＝交感神経（ストレス）と副交感神経系（リラックス）の拮抗バランス　

という今までの自律神経系の概念は覆され、

自律神経系＝腹側迷走神経系―交感神経―背側迷走神経系の拮抗バランス

という新しい構図が成立しました。

今までの［副交感神経系］は、［腹側迷走神経系］と［背側迷走神経系］に分かれ、二つが違う役割を持っていることが、判明したのです。

この理論の端緒が、2001年にポージェス博士の論文で公表された時、
クラニオセイクラルバイオダイナミクスのジョン・チティは、この理論を、一般に向け、精力的に広く紹介しました。おそらく、この理論がバイオダイナミクスの原理と深く絡み合うことを、知っていたのでしょう。
実際2001年以降のバイオダイナミクスのトレーニングでは、この理論を反映した施術コンセプトが、熱心に取り上げられるようになりました。
それが、現在のプラクティショナー達の施術に活かされています。

［安全を察知すると働き出す　腹側有髄迷走神経系］
背側迷走神経系は、進化上最も古い神経系で、［生命の脅威］を察知した状況で、「死んだふりをする」「気を失う」などの反応を起こします。心拍数、呼吸数も下がります。そうすることで、脅威を感じる他者の眼を逃れ、生き延びるためですが、生存に大量の血流を必要とする人間にとっては、そのまま死ぬ危険も含みます。
（写真：死んだふりのマングース）

交感神経は、その次に古い神経系で、［危険］を察知すると、「闘うか逃げるか」という反応を起こし、そのために心拍数や呼吸数を上げたり、血液を心臓に集めたりします。これも、敵と察知した者から命を守るためですね。
（写真：闘う猫）

進化上最も新しく、哺乳類にしか見られない腹側迷走神経系は、［安全］を察知した時に働き、「社会交流反応」を始めます。
他者とコミュニケーションを取って、安全を伝え合うのです。
親と赤ちゃんが見つめ合い、微笑み合って、母乳のやり取りをする、その交流反応によって始めて赤ちゃんが育っていく、その仕組み。
他者の存在無くして命を育めない、哺乳類の宿命でもあります。
この「安全の伝え合い」を、ポリヴェーガル理論では［協働調整］と名づけます。
（写真：動物の親子）

［まず自分に腹側迷走神経系を招き、安全を伝えるのが、施術の始まり］
クラニオセイクラルではまず、自分に［ニュートラル］の状態を作り出します。簡単に言えば、「他者と共にいて、落ち着いてリラックスした生命体となる」ことです。
それによって、自身を［安全］領域に置いて、他者と出会い、触れ、コミュニケートすることで、［安全・安心］を伝播させていきます。［協働調整］が始まります。［ニュートラル］によって、腹側迷走神経系の状態を作り出し、伝播させていくのです。

この方法は、ポリヴェーガル理論の出現によって、様々なセラピーで、それぞれのやり方で、応用されるようになってきました。
コロナ禍により、万人が自律神経系に［安全］を保障しにくい今の状況では、［ニュートラル］は、自身を整え、他者と共にいるための有効な手段だと考えます。

参照：［ポリヴェーガル理論入門］（春秋社刊）